はじまるくん
広島ガス
爆心から210m。広島ガス本社があった場所は現在公園になっています。原爆により、本社に出勤していたおよそ30人は全員亡くなりました。皆実町の工場も破壊され、広島市内のガス供給は完全に止まりました。広島地区のガス供給が再開したのは翌年の4月。初めてガスを送ったときは肩を抱き合って喜んだ、と記録に残されています。
【2004.12.25放送】


銀行
原爆投下前、現在の大手町、紙屋町一帯は銀行街と呼ばれ、広島一の金融街でした。三和銀行では25人が出勤していましたが、全員亡くなりました。農林中央金庫はレンガ造りの壁は残りましたが、屋根や最上階は大きく崩壊しました。
混乱の中、2日後の8日、大破を免れた日本銀行の建物を使って市内12の金融機関が業務を再開します。日本銀行は金融業務の記憶を留める唯一の場所です。
【2004.12.18放送】
高須の黒い雨
爆心地から3.7km離れた高須町には、高台に防空監視哨が置かれていました。監視哨からは、広島市内一帯を見渡すことが出来ました。
原爆投下後、この地域には、放射能を含んだ「黒い雨」が降り注ぎました。
フィルム映像には、高須周辺での残留放射能調査の様子や、原爆投下の再現シーンなどが残されています。
【2004.12.11放送】


広島大本営
1894年(明治27年)の日清戦争開戦にともない、天皇直属の最高軍事統帥機関として広島城郭に大本営が置かれました。その後も建物は「広島大本営跡」として保存され、無数の軍事施設が周囲を取り囲む「軍都広島」の象徴となりました。
しかし、建物は原爆の爆風で一瞬のうちに吹き飛びました。建物前の広場には朝礼に参加していた女学生や軍人など無数の死傷者が横たわり、助けを求める声が響きました。軍都広島の歴史も同時に終焉を迎えました。
現在は、崩れ落ちた建物の礎石が保存されています。かつての大本営は雑草に埋もれ、広島の復興を見守っています。
【2004.12.4放送】


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