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大野陸軍病院
大野陸軍病院 爆心から20キロ離れていた大野陸軍病院にも、およそ100人の重傷患者が運ばれ入院していました。しかし、9月17日、枕崎台風が中国地方を襲い、病院の裏山で土石流が発生、病棟は押し流され、入院中の被爆者や職員など180人が亡くなりました。
大野陸軍病院を拠点に、原爆症の調査をしていた、京都大学医学部の教授や学生11人も遭難し、亡くなりました。10月に撮影されたフィルムには、台風による土石流で破壊された病院の様子が数多くとらえられています。
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宮島
宮島 宮島は爆心から16.7km、位置的に影になっていて、直接の被害は受けなかったといわれています。しかし、一部の地域では、窓ガラスなどが割れた、との記録や証言もあります。
宮島のお寺には、毎日多くの負傷者が運び込まれました。しかし救急用品が足りず、十分な手当てはできなかったと、証言者は悔やみます。
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高須の黒い雨
高須の黒い雨 爆心地から3.7km離れた高須町には、高台に防空監視哨が置かれていました。監視哨からは、広島市内一帯を見渡すことが出来ました。
原爆投下後、この地域には、放射能を含んだ「黒い雨」が降り注ぎました。
フィルム映像には、高須周辺での残留放射能調査の様子や、原爆投下の再現シーンなどが残されています。
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似島検疫所
似島検疫所 広島湾に浮かぶ似島には、外地帰還兵用の検疫所がありました。原爆の直接の被害は、窓ガラスが割れた程度でしたが、ただちに救護所の開設をするよう、軍の命令を受けました。その後は数え切れない被爆者が船で運ばれてきました。重傷者ばかりでした。病棟では肉親を探す呼び声が響く中、多くの人が亡くなりました。似島は、原爆の犠牲者が眠る島です。 リアルプレイヤーで動画を再生
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